職人開眼 今岡誠内野手:心に刻むMVP〜V戦士と呼べる日へ〜

◇魔法の内角打ち

18年ぶりの「ナニワの夢」へ着実に進む阪神タイガース。今季もほぼ100試合を終え、数々の名場面をファンの心に刻んできた。快進撃の主役や忘れ得ぬシーンを演出した選手を取り上げる「心に刻むMVP」。第1回は強力打線の火付け役として活躍する今岡誠内野手(28)。球界を代表するトップバッターへと成長するまでの歩みを追った。

栄光の陰に挫折あり。PL学園高、東洋大で脚光を浴び、阪神でも入団2年目の98年にレギュラー定着。だが、野村前監督時代の3年間(99〜01年)、順風満帆の道から外れ、苦しみ抜いた。

「力はあるのに、手抜きしているように見える」と酷評され、一時は干されかけた。感情をあまり表に出さぬ職人肌。成績も伴わず、暗い迷路に入り込んだ時期だった。

PL学園時代の恩師、中村順司さん(57)=現名古屋商科大監督=は「長所をくすぐってやると力を発揮するタイプ」と思い返す。潜在能力を評価する星野監督が就任した昨年、今岡は生まれ変わった。「当てるのがうまい」特長を買われ、当初は2番に起用された。

前年はチーム最多の16併殺打。凡打が目立ったが、首脳陣の信頼に応え、今岡の打撃は変わった。外角球を引っかける悪癖は影を潜め、得意の内角打ちに磨きがかかった。赤星のけがで、シーズン途中から1番に座ると、積極性も備わり始めた。

打撃開眼の秘密は、バットの握り。通常は手のひらで握るバットを、今岡の右手は指先で浅く握る。右手でこねがちになる癖を修正するためで、中村さんは「握力の強い今岡ならでは。高校のころから、手が人並み外れて大きかった」と語る。

独特の内角打ちは、この右手を一直線にぶつけ、押し込むようにして球を運ぶ。少々のボール球でもヒットゾーンにしてしまい、和田打撃コーチは「他の選手だったら『手を出すな』と指示する球も、今岡だけは別格」と、舌を巻く。

初回先頭打者本塁打のシーズン球団記録(従来は6)を塗り替えた今季は、集中力が際立つ。打率4割5分8厘、7本塁打、22打点で月間最優秀選手に選ばれた7月は、第1打席に限ると20打数14安打、打率7割という驚異的な数字を残した。

初の首位打者どころか、94年のイチロー(当時オリックス)以来となるシーズン200安打にも手が届きそうな勢い。しかし、今岡は個人記録には無関心だ。「アマチュア時代の気持ちを思い出している。勝つのが当たり前という緊張感の中でプレー出来ることがうれしい」。手品のように飛び出す快打の数々。すべては勝利の美酒のためにある。

◇今岡誠

大阪・PL学園高では、92年センバツでベスト8。東洋大1年の春に本塁打、打点の2冠に輝き、96年アトランタ五輪で日本の銀メダル獲得に貢献。同年秋のドラフト1位で阪神入団。昨年は打率3割1分7厘をマーク、初のベストナインに選ばれた。
 
毎日新聞大阪版朝刊 2003/08/10