前へ、もっと前へ―。上へ、もっと上へ―。:今岡 誠
【プロフィール】
いまおか・まこと 1974年9月11日生まれ。兵庫県出身。PL学園高−東洋大を経て97年ドラフト1位で阪神に入団。1年目から頭角を現し、翌年からレギュラー定着。その後、シーズンの大半をファームで過ごした年もあったが、昨年、主に1番に座り、自己最高の数字をマークした。今季も開幕から1番・セカンドの定位置で、好調阪神打線をけん引している。

 話を聞くたびに、大きくなっていくのを感じ取れる選手である。万年最下位だったチームが急成長を遂げたのと歩を同じくして、この男も強く、たくましくなってきた。しかし、まだゴールにたどり着いたわけではない。その視線は、もっと前を、もっと上を見つめている。

 気持ちを前に

―開幕からなかなか打率が上がらず、やきもきしたファンも多かったと思いますが、気がつけば打撃上位に入っています。調子が戻ってきたな、と感じ始めたのはいつ頃ですか?

 今年は調子うんぬんを考えて野球をやってないんですよ。もちろん結果が出ないということで、あせったり考えることも多かったですけど、ただ、「調子で野球をやるもんじゃない」と、ずっと自分に言い聞かせてやってるんでね。

―調子でやるものではない…?

 「結果が出ない、調子が悪い」と考えると、何も前に進まなくなるんですよ、僕の場合。それより「いいときだって、ヒットを打てないことはある」と考えたほうが、気持ちが前に向くでしょう。打てなくても試合に負けても、次の日も必ずやらなダメなわけですからね、レギュラーで出てる以上は。調子がいいとか悪いとか、そんなのは自分が考えていなくても周りが勝手に言ってくれるし。結局、自分の技術を高める、自分がやろうとしていることをゲームの中でやる、それだけに集中したほうが、トータルで見たらいい成績が出るんじゃないかと思うんです。

―やるべきことをやっていれば、結果は後からついてくると。

 そう考えないと。シーズンは長いんだから。今年は特に140試合ってことを意識して最初からやってるわけですしね。技術面や、状況に応じて何をすべきか、ということはキャンプや試合前に整理できるんで、そのあと結果が出る出ないを、調子がいい悪いと結びつけて考えたら前に進みませんよ。今日はやるべきことはできたけど、ボール球を振らされたという日もある。それは切っていかないとね。打てない球は打てないんだから。

―今岡選手の考える「やるべきこと」を、具体的に説明していただけませんか。

 キャンプ中は、外に向かって「今年はこういう練習をしてます」と言えますけど、試合になったら、そのときどきの状況や相手ピッチャーによって「やるべきこと」も変わりますからね。それをひとつひとつ挙げたらキリがないですけど、ただ、方法論は練習までで終わらせてるから、あとはピッチャーとの呼吸を合わせたり、タイミングを合わせたりするのが、ゲームでの死語とになりますよね。

―打率がここまで上がっても、まだ「満足度は低い」とおっしゃっていました。何が今岡選手にそう言わせるのでしょうか。

 去年の僕だったら、「よう頑張ってます」と言ったかも分からないですよ。だけど、去年の経験がある分、自分の意識が高いし、チームにどれだけ貢献してるかと考えたら、まだまだ。ほかにも頑張ってる選手はたくさんいるし、ただ単に「3割超えてます」、「満足してます」というレベルの考え方は、もうしてないということですよね。その代わり、140ゲーム終わったときに、「今年もよう頑張った」と言えるようなシーズンにしたいという気持ちは、もちろんありますけどね。そうやって、自分の考えが日に日に高まってるんですよ。だって、「経験したことよりも下でええ」って思うなんて、あり得ないでしょう。1番バッターとして、打線の中で考えたら、まだまだやれるんじゃないかなと思うんですよね。

―昨季途中から1番を打つようになりましたが、去年と今年で1番としての意識は変わりましたか。

 それは一緒ですね。塁に出ることも仕事だし、ランナーをかえすことも仕事。今年は特に矢野さんとか藤本とか下位が塁に出てくれて、ピッチャーがバントをしてくれて…という場面が多いんでね。結局、1回の表裏だけが1番バッターの仕事だと思ってます。一巡したら役割も変わってくるし。ただ、1回目の打席だけは、ビジターでもホームでも1番バッターの役割として、塁に出ることだけに集中していますけど。

―今年の打線はどこからでも点がとれる「つながり」があります。今岡選手の中でも、やはり「つなぐ意識」が強いですか。

 ゲームの流れの中で、「こういうときはこうしたらいい」というのを、考えるだけなら誰でもできるけど、それを形として表せるかどうかは別問題じゃないですか。だけど、今年は選手が考えたことが、結果として出てるんですよ。もちろん、今までも考えてやってたんですよ。だけどそれが、技術が足りてなかったのか、考え方が甘かったのか、形にならなかった。だから周りから見たら、「何も考えないでやってる」となるんだけど、そんなわけはないんでね。でも、今年は僕に限らずみんな、「この場面はこういうことをやってほしい」と考えたことが、結果として出るんです。それは、ベンチにいても分かりますよ。「この選手、今こういうこと考えてるな」と思って見てたら、その通りになりますから。

 逆転の発想

―去年は「来た球を素直に打つ」ことを心掛けていたそうですが、今年は?

 去年はどちらかと言うと、自分のスタイルを重視してたんですよ。でも、今年はそれは練習までにして、あとはピッチャーに呼吸を合わせる…それはもちろんタイミングもそうだし、ここはストライクを取ってくるんじゃないかな、ここはボール球を投げてくるんじゃないかな、という、そういう呼吸も合わせて、ストライクを取ってきそうなときに思い切り振る…そういう雰囲気を大事にしてますね。

―それは、配球を読むことにもつながるのですか。

 僕は配球よりも、ストライクを取りにくるカウントと、そうでないカウントを、その日のピッチャーの調子によって見分けたりするほうを重視してますね。もちろん配球もある程度は頭に入れてますけど。

―今岡選手内角高めにすごく強い印象があります。5月29日に先頭打者ホームランを打った球も、インハイの完全なボール球でした。自分なりのストライクゾーンを持っているということでしょうか。

 別にそこを狙ってるわけじゃないですよ。インハイは難しい球だし、普通は詰まるコースやから。結論から言えば、打てるんだったら打ちゃあいいんですけど、ただ、「なんで打てるのか」という理由を自分で探さなきゃダメなんですよ。周りの人は「アイツだから打てた」で片付けますけど、僕にとっては「なんで打てたか」が大事なわけでね。その理由が分かれば、ほかのボールも打てますから。

―そういう考え方はアマチュア時代からですか。

 アマチュアだろうと何だろうと、結果が出なければ非難を浴びますからね。そりゃあ、結果を出すためにはいろいろ考えますよ。例えば、今までと考え方をガラッと変えてみるとかね。ある意味、去年がそういう状態でした。自分が「いい」と思ってたことを「悪い」と考えて、「悪い」と思ってたことを「いい」と考える―まずそこから始めましたから。そういう発想がそれまではなかったけど、いろんな角度から野球を見るようになったんです。えてして「世間」で言われてる「いい」ってことが、実は「悪い」ことだったりするほうが多いと思いますね、僕は。「常識のウソ」が多いと思う。

―去年から逆転の発想をし始めたということは、一昨年までは今岡選手もその常識に…。

 とらわれてましたね。

―それが去年、逆転の発想をしたことによって…。

 それだけじゃないですよ。そこだけをクローズアップしたらおかしくなるけど、部分的にそういう発想もしてみたら、新しい発見ができたということです。ホントにねえ、小さいころから教わってきて正しいと思ってたことが、実際は違うんちゃうかな、というのがいっぱい出てくるんですよ。打つことだけじゃなくて。狭い視野にとらわれないで、いろんな角度で物を考えるというのは大事ですよね。別に自分がやることを周りに批判されてもええやないか、と思ってやっています。だって、結果が出ても出なくても、自分で責任を負えるんだったら、それでいいじゃないですかね。

―という考え方をできるようになったのは去年からですか。

 後ろは崖っぷちやったからね。何にしがみついてでもレギュラーをとって頑張りたい、という気持ちはもちろん強かったですよ。

―そうして、去年から今年にかけて、新しい発見がどんどん…。

 どんどんというのは大げさやけど、さっきも言った通り、一度経験した状態以下になると、ものすごく腹が立つし、ストレスがたまるんですよ。そういう精神状態になるということも、今年は勉強してますね。最初は前年を下回ってたわけだから、どんなにストレスがたまったか、想像できるでしょ?

―それだけストレスがあった時期を乗り越えられたのは、精神的に強くなったということでしょうか。

 強さというより集中力ですよね。もちろん技術があっての話ですけど、あとは何で差が出るかといったら、そこだと思うんですよ。波に乗ってるときや打ってるときは、誰でも自然と集中したり、物事をプラスに考えられますよね。だけど、毎日毎日試合をしてれば、三振もするし、ピッチャーなら打たれるときもある。そういうときの集中力なんですよ。例えば1打席目に凡退したときに、そこから今まで以上の集中力を出せるかどうか。本音はね、何か投げたくもなるし、そういうことを表に出して次のプレーに集中できるんだったらいいですけど、僕はそういうタイプじゃないんでね。1回しぐさに出してしまうと、そのあと集中できないというか分かりやすくいえば、キレた状態になるんです。だから極力、何があっても態度に出さないように、淡々と…言葉としては悪いかもしれないけど、それは集中したい気持ちの表れなんですよね。

―たとえ1打席目に打てなくて悔しい思いをしても、それは表に出さず、次の打席に集中すると。

 それが理想です。でも人間だからできない。バットほうりたくなることもあるし、自然と暴言を吐いてることもある。だけど、理想はそこです。

―そこに近づいている手ごたえは?

 それはないね。まだまだ甘い。乱れてるときがあるし。これは分かっててもできない。できるようになったら野球やめてるんちゃうかな、と思うしね。そんな一筋縄ではいかないですよ、心の部分は。だって、いいときばっかりじゃないから。

―今岡選手は1試合2安打以上、猛打賞の試合も多いのですが、それはヒットが出たことで、さらに集中力が高まっているということなのでしょうか。

 自然とそうなりますよね。集中しようなんて思ってないから、逆に続けて打てたりするんだと思います。3打席目まで凡退してるほうが、集中するのは難しいですね。

―打席に入ってもいろいろ考えてしまう?

 考えるし、イライラしてるし。いろんなものと葛藤してるわけだからね、心の中は。だから、そういうときこそ「集中せい」と言い聞かせながらやってますよ。

 高いレベルの意識

―去年は「勝つことで野球に対する考え方が変わった」とおっしゃっていました。勝つ味を覚えた今年は「勝ち続けてる」わけですが、今度は何が変わりましたか?

 去年は途中までしか首位争いできませんでしたけど、最下位争いばっかりしてた僕らにしてみたら、それでも天と地の差だったんですよ。それが、今年はずっと首位にいる。ずっといい雰囲気の中でやらせてもらってますけど大満足してる人なんていないと思うんです。だって、ある程度のことは去年、味わってるし、やればできるという自信もつかんだわけやから。みんなの意識も「優勝」に向いてるしね。去年までは、「いやいや最下位やで」っていう人が半分くらいはいたでしょう?それがないっていうのが今年の強さだと思うんですよね。今まで以上に高いレベルで考えるようになったということは、今年に限らず来年も再来年も、例えば勝てなくなる時期があると、みんな今まで以上にストレスを抱えるということでしょう?当然、2位でも3位でも満足いかんようになる。そんなチームでやりたいですよね、ずっと。大抵の選手はアマチュアのときからそういうチームでやってきてると思うし、そういう雰囲気の中でやることが素晴らしいって分かってるわけだから。今年はもちろんチャンスやけど、これからずっとそうありたいという考えが今の段階であるということが、かなりの成長と言うか…。

―意識が高いところに行ってるわけですね。

 首位にいるということは、僕だけじゃなくて他の選手もみんな、そういう高いレベルで物事を考えてるということですよ。それが力になるんだと思いますね。

―気持ちや意識も大切ですよね。

 野球は1人でやるものじゃないからね。1人でやるんだったら雰囲気とか流れとかどうでもいいと思うんですよ。自分しか頼る者がいないわけだから。でも野球は違う。ある程度チームの雰囲気に流されたり、周りの環境に影響されたりもする。1つがいい方に向けば、みんないい方に向くんです。

―ただ、これから流れが悪くなったとき、ストレスが出てきたときに、それを乗り越えるのは大変そうじゃないですか。

 ストレスを感じるということは、乗り越えるのも簡単やと思うんですよね。

―簡単……ですか?

 なぜか言うたら、今まで以上に悔しさをかみしめてるということやから。5位になったら「頑張った」と言われるようなチームやったのが、それでは許されなくなってるから。チームのことを考えてプレーするというのは、優勝争いしてないとできないんですよね。でないと、どうしても「自分の存在をアピールしよう」というのが目標になってくるから。僕らはずっとそういう中でやってきたんですよ。でも今は、自分が良くても悪くても、「チームが勝つために」という気持ちになるんです。

―去年の5月ごろは、「この状態が140試合続いたら、興奮し過ぎて倒れてしまう」とおっしゃっていましたが(笑)。

 今年は倒れないね。だって、まだ満足してないから。3〜4年前とは考え方が全然、違う。その点はチームにも感謝したいですね。みんな「チームがあっての自分」と言えると思いますよ。

―その気持ちが続けば、「優勝」も見えてくると。

 継続する難しさも去年、勉強してるしね。

―では最後に、今後の抱負を。

 もちろん「優勝」という文字を頭に置いてやってるわけですが、1試合1試合、自分の力をどうやって出していくか、チームにどう貢献するか……それがチームの勝利という結果に表れたら、それは満足するわけですから、僕はそう考えて、その積み重ねが優勝ということなんで……だから……あれ? 何を言いたいんかな? 興奮してきたよ、話してるうちに(笑)。なんやったかな、質問?

―今後の抱負を(笑)。

 ああ、そうや。だから、頑張って1試合1試合チームに貢献していきたいです。
週刊ベースボールマガジン 2003/07/07号