シアワセ感:今岡 誠
【プロフィール】
いまおか・まこと 1974年9月11日生まれ。兵庫県出身。PL学園高から東洋大を経て、97年ドラフト1位で阪神入団。1年目から頭角を現し、翌年から2年間はレギュラーに定着したが、2000年はシーズンの大半をファームで過ごす。昨季はまた1軍で規定打席に到達するなど、自身は「満足できるシーズン」と評価したが、首脳陣やファンはまだまだ納得していない。

 「阪神は変わった」―今季の戦いぶりを見て、だれもがそう言う。選手一人ひとりが、見違えるほどの変貌を遂げた。そして、その筆頭にあげられるのが、今岡だ。プロ6年目。不完全燃焼でくすぶり続けていた男の心はいま、熱く燃えたぎっている。

 昨年までの5年間、今岡の打順が固定されることはなかった。チームの事情もあっただろうが、どの打順に座っても“ピタリ”と来るものがなかったのも事実だ。しかし、今年は違う。開幕から2番に定着し、赤星との1、2番コンビでチームの快進撃を支えてきた。右脛骨骨折で戦線を離脱した赤星に代わり1番を打つこともあるが、それでも、今岡の姿勢に変わりはない。自分の仕事に徹し、勝利に貢献するだけだ(インタビューは2002年4月18日の試合前、成績は全て2002年4月17日現在)。


 2番打者の役割

―2番という打順は、ご自分にあっていると思いますか。

 合ってるかどうかは分からないですけど、ただ1つ言えるのは、ほかの打順よりも仕事がはっきりしているということですね。前の赤星と後ろのクリーンアップに挟まれているわけですから、おのずと仕事ははっきりしてきます。

―赤星選手が出塁した場合は、どのような意識を持って打席に入っているのですか。

 やっぱり赤星優先ですね。かなり高い確率で走れるわけですから、それを無視するわけにはいきません。よく「赤星が塁に出たらストレートが来るから、打てばいい」と言われますが、それは百も承知です。ただ、バントなどのサインが出ていないときは、できるだけ走らせたい。140ゲームのなかで、走る回数を増やせるようにしたい。走るまで“待つ”と言ったらおかしいですけど、できるだけそういうカウントまで持ってくるようにしています。

―赤星選手は、今岡さんが「ツーストライクまでに走ってくれれば、あとはオレが何とかする」と言ってくれるので走りやすい、とおっしゃっていました。


 1番が2番を見るのと、2番が1番を見るのとでは、見方が全然違うと思いますけど、2番バッターは必ず、前の赤星が中心です。走る意欲がすごくあるわけですから、塁に出たら、彼を中心に物事を考えますよ。その打席、例えばボールを見過ぎて三振したとしても、僕のなかでは割り切って、これでいいんだ、という気持ちでやっています。

―その気持ちの表れでしょうか。今年は相手投手に6球以上投げさせた打席が全体の30%近くあり、その際の打率は4割を超えています。

 それで別にヒットを打てなくてもいいと、僕は思ってますけどね。球をほうらせること自体が次のバッターへのつなぎになってるし、またバッテリーに対する精神的な駆け引きもできてると思うので。一番困るのは、打ってこないだろうということで、ポンポンとストライクを取られることなんですよ。様子見で1球でもはずしてくれたら、おっ、ラッキー、これで3、4球はほうらせられるなと思えるんですけど、ポンポンとこられたら、赤星も走れない、僕もどうしようもなくなる。だから、こっちも駆け引きで、“ここ”というときに、初球に的を絞って行くことも考えてますけどね。

―初球から安易にストライクを獲るにいったら危ないぞと、相手バッテリーに思わせるわけですね。

 それも赤星のためですよ。僕がヒットを打ちたいからじゃなくて、ボールを数多くほうらせる、その過程のなかで、1回は初球から行っとかないと、ということです。決して、赤星が出たらストレートが多いから、それを狙う、ということではありません。

―首脳陣が今岡選手を2番に抜てきしたのは、やはり「赤星が塁に出たら真っすぐが多くなる、今岡は真っすぐに強いから」という理由だったようですが、今岡選手自身は、真っすぐ狙いには行ってないと。


 それでは多分、僕に2番は務まらないと思います。赤星が塁に出て、フリーに打っていいよと言われたときに、一番恐いのはゲッツーですよね。真っ直ぐに絞っていい当たりをしても、ゲッツーではつなぎの役目も何もできていない。仮にそこでヒットを打てたとしても、140ゲームのなかで、赤星が塁にいるときに、そういうバッティングを何回できるかという話なんですよ。ヒットそのものが、打てて3回に1回でしょう。そういう確率を考えていくと、赤星を走らせるほうが、2番バッターとして大切なんじゃないかと。長いスパンで見たときに、やっぱりそういうふうにすべきだと、僕のなかで結論が出たんですよ。

―つまり「自己犠牲」の考え方ですね。


 だってね、高い確率で走れるわけでしょう。赤星がもし“それなりの”足の速さだとしたら「走ってくれ、オレは待つ」とはいかないですよ。でも、10回走れば、7回、8回は確実にセーフになるわけですからね。ましてや次のクリーンアップにつないでいかないかんところで、走る環境さえ作れば、やってくれるんですから。かといって、赤星が走れなくて、僕が凡打しても、何とも思わないですよ。それよりも、そういう気持ちに徹することが、まず大事ですから。

 環境の変化

―ここまで送りバントの成功率は10割です。昨年までと比べて意識の変化はありますか。


 2番になって、バントの練習は去年よりはるかに取り入れてます。あらゆる場面を想定してね。

―練習すれば、バントの技術はかなり向上するものですか。


 感覚ですからね、あれは。これだったら決められるという感覚を持っとけば、たとえ1回失敗しても次、決められる。逆に、どうしよう、どうしようとなっちゃうと、ずっと失敗してしまうんです。バントも、人が言うほど簡単なものじゃないですよ。決めて当たり前、失敗したら「何をしとんねん」となりますからね。それだったら、打たせてくれたほうがなんぼか楽。だけど、バントが大事なポジションにいるわけだからね、僕は。

―プレッシャーに負けない、精神面の成長もあると思うのですが。


 これだけいい雰囲気でやらせてもらってますからね。集中もしてますし、気持ちも違います。何より、いまの環境がすべてですね。

―チームはなぜ変われたのでしょうか。


 一番は勝つこと。負けてたら、多分変わらないと思います。監督がよく「勝つ喜びを知れ」と言われますけど、知るどころか、野球に対する考え方がガラッと変わりましたからね。

―それがチームに浸透してきたのはいつごろからですか。


 オープン戦もしかりですが、開幕カードで巨人に2つ勝ったところからだと思います。

―やはり勝ちに飢えていたのでしょうか。


 周りの人たちが「変わった、変わった」と言いますけど、その何十倍、何百倍もグラウンドでやってる選手たちは感じてると思いますよ。やっぱり、やりがいがありますもんね。それはなぜかと言ったら、勝ってるからですよ。勝つ喜びなんて通り越してます。こういう環境でずっとプレーしたいですよ。

―初めての感覚ですか。


 もちろん、初めてです(笑)。

―昨年オフ、「野球をやってる上で、どうしたら幸せになれるかを考えたい」と…。


 いま感じてますね、まさに。やりがいが違いますよ。こんな環境で140ゲームできたら、人間も成長するだろうし。やるからにはチームが勝たないと、個々の選手の“シアワセ感”は得られないものなんですよ。というのを、いま感じてます。例えばホームランを打っても、チームが負けたらシアワセ感はない。だから、勝ちたい。きょうなんか特に勝ちたいね。昨日の夜からアドレナリン出まくってますよ(笑)。

―選手みんなが同じ気持ちなんでしょうね。


 そりゃ、そうですよ。「負ける」イコール「こういう環境が崩壊する」という不安がありますからね。去年までの状態には戻りたくないですから。

―性格が悪くなりそうだとおっしゃってましたよね(笑)。


 悪くなる!借金が20以上もあるようなチームでずっとやってたら。だからこそ、いまの環境のまま140ゲーム戦いたい。

―星野監督はじめ、首脳陣が変わったことも大きいですか。


 監督もヘッド(コーチ)も、来たときから「目標は優勝だ」と言ってましたよね。これは簡単なようで、僕らは口が裂けても言えなかったセリフ。なぜなら、周りが笑うからですよ。それを、初めのミーティングでああいうふうに熱弁を振るって言われると、最初は驚きと勇気がごっちゃになってましたけど、いまでは、監督の考え方が明確に分かります。「お前ら弱いんだから」という監督と、「優勝するんだ」という監督では、それは違いますよ。レールを敷いてくれてる監督ですから、モチベーションが違います。

―その星野監督は、4月10日の広島戦(甲子園)でサヨナラホームランを打った今岡選手のことを、「もう意外性の男とは呼ばない。ドラマを作る男だ」とおっしゃっていました。


 いま、あんまり自分のこと考えてないから。自分が打った打たないじゃなくて…う〜ん、そういう気持ちが結果につながってはいるだろうけど。それよりも、僕が一番言いたいのは、ベンチが打たせてくれるんですよ。僕はあんなところで打てるバッターじゃない。みんながメガホン持って、大声張り上げて応援してくれるでしょう。そうやって、みんなが後押ししてくれるというのが、かなりのパーセンテージを占めてますよね。

―打席に入っても、1人じゃないような?


 感じます、感じます。すっごい感じますね。それくらい1つになってるんですよ。

 チーム第1


―すでに昨年に並ぶ4本塁打を放っています。バッティングで何か変えたところはありますか?


 素直に考えるってことですね。球を引っ張るとか流すとか、去年まではどちらかというと、決めつけて打席に入る傾向があったんですけど、今年は来た球を素直に打っていこうと。シンプルにね。いまは基本はセンターです。

―大きいのも打てる、という自信のようなものは?

 さっきも言いましたけど、2番バッターは、自分のこと考えたら絶対出来ないんですよ。数字の計算をしだすと、打ちにいくようになってしまう。それをどうやって殺していくかやから。自分の役柄を間違えると、なんで2番やねん、となる。そうじゃなくて、チーム第一にね。2番は、その象徴的な立場やと思うから。だから、自分の成績は考えないようにしないと。

―2番の仕事をきっちりしていけば、結果もついてくると。


 数字が出るに越したことはないですけど、数字を追ってしまうと、赤星が塁に出たときでも、いらんことを考えてしまう。自分がかわいくなってきたらダメ。2番は赤星とクリーンアップをつなぐ、大事な打順やからね。

―やりがいのある打順ですね。


 任せられたからには、徹しますよ。

―今後、チームの波が下がってくることもあると思います。そのときには、どうやってチームに貢献したいと思いますか。


 ベンチが打たせてくれると感じてるわけですから、逆に、苦しいときにはバッターに向かって声援を送る、守ってるときにはピッチャーにアドバイスをする。できることはそれだけですよね。いま、片岡さんは要所、要所でピッチャーのところへ行って、いいアドバイスを置くっています。ああいうのが、長いシーズンのなかでは効いてくると思うんですよ。僕らが片岡さんを見て勉強せないかんところですね。

―そういう考え方も、今年になって芽生えたことですか。


 そうですね、周りの環境がそうさせてくれるんでね。

―星野監督は就任当初から「意識改革」という言葉を使われています。今岡選手も意識改革をされたと思いますか。


 意識改革とか、それは周りの人間が言うことであって、僕らはとにかく勝ちたいんですよ。この「勝ちたい」という、200%くらいの気持ち、これはどう見ても変わってるでしょう。そこに理屈はいらないんですよ。

―勝ちたい、勝つために何ができるか。


 それだけでしょう。勝ったらこんないい思いができるんだから。これが140ゲーム続いたら倒れますよ、興奮しすぎて。

―でも、それを続けなければ、「優勝」には手が届きません。続ける自信は?


 あるし、周りを見渡しても、燃えてる選手がいっぱいいますからね。心強いですよ。

―ファンに負けないくらい、ベンチも盛り上がってるわけですね。


 めちゃめちゃ盛り上がってますよ。やっぱりね、「勝つ」―それしかないですよ、最後は。勝てば幸せが来るんです。

昨年まで事あるごとに言われていた「頼りなさ」など、微塵も感じられない。自信に満ちたその表情は、自らのバットでたたき出したヒットでもホームランでもない、チームの勝利がもたらしてくれたものだ。
週刊ベースボールマガジン 2002/05/06号